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初就職は事務職でマンションの一角のオフィスだった

あれは、平成時代、就職氷河期と言われていた私たちの時代。

短期大学を卒業し、初就職したのは仙台市のとあるマンションの一角にあるオフィスでした。

この会社は、今でも店舗があるので、名前は伏せますが、チェーン店を展開しているところでした。

さて、どんな仕事内容だったのか?

目次

売上伝票を手計算して台帳に記入する日々

平成のあの頃、お店の売り上げ金額を計算するのは、すべて「人」でした。

今のようにパソコンやシステムが整ってない時代だったので、ほとんどが人の手、計算機によるものでした。

私が初就職でお勤めした会社では、朝、お店の売り上げを引き上げてきて、手計算によって台帳に記入。

その後、社長に台帳を閲覧してもらうために、社長室に台帳を持っていく。

そんな感じでした。

同期で入った新入社員が数人いたので、この業務は交代制でした。

売上伝票を計算するのが苦痛だったし、いつも残業だった

前日の売り上げをどれだけ正しかったのかな?と確かめるように計算するのが、お店の1枚1枚の伝票でした。

今の企業では考えられないと思いますが、1990年代当時は、お店の売り上げ伝票をすべて手計算していたんです。

まるで、そろばん塾で教わった「伝票計算」。

実はこの伝票計算が苦痛でしょうがなくて、いつも業務を後回しにした結果、残業するはめになっていました。

あのころは、職場とアパートが近かったとはいえ、仕事が苦痛で仕方なかったです。

この会社、当時ものすごく売り上げがあった時代だったと思います。

でも、こうした売上伝票の計算の他に、やることがたくさんでした。

今の自分ならこなせる量だと思いますが、新入社員の自分たちには過酷な仕事量でした。

事務用品のチェック、郵便物のノート記入、電話対応、来客対応、店舗スタッフの給料計算など。

担当ごとに決められているのもありましたが、「当番」のように交代でしていたこともありました。

狭いオフィスではお局が怖かった

マンションの一角にあるあまり広くないオフィスのため、新入社員同士はとても仲が良かったです。

一緒に遊んだり、それぞれのおうちにいってご飯を作って食べたりと、楽しかった思い出があります。

ですが、その会社のお局様は当時40才近い怖いお姉さまでした。

このオフィスには、女性社員しかいなかったので、そこもある意味良くない所だったと思います。

そりゃ、20才くらいの下っ端社員なんて、お局様にはただのおこちゃま程度にしか思えなかったでしょう。

(しかし、今考えれば、そのお局様は世間知らずのお嬢様。実際にそのお局様は独身で実家暮らしだった)

その当時はお局様が言ったことは絶対だったし、社長から一目置かれた人。

逆らうこともできず、なんでも「はい」と返事しなければいけませんでした。

時には新入社員いびりのような一幕もありました。

冬にさしかかるころ、新入社員の中には「辞めたい」という子が何人かいました。

実は自分もその中のひとりでした。

その後、私はあまりにも過酷な職場環境の中で(ブラック企業と言ってもいいかもしれません)体調を崩してしまったのです。

お腹の調子が悪い日々が続き退職を決意

仕事量が多くて、常に何かに追われているような状態。

会社のお局様からはいじめられることもあったし、新入社員同士の中でも不穏な空気が漂ってきた・・・

いつしか、通勤途中でお腹が痛くなり、その後、調子の悪くなることが多くなっていました。

お腹を下すのが常になってしまい、胃痛もともなっていたのです。

「これはストレスで体調を崩したんだな」

20才の私はいろいろと考えた末、会社を辞めることにしました。

同期の新入社員も何人か同じ時期に辞めていきました。

初就職の事務職の仕事 まとめ

1993年ころのことなので、おぼろげにしか記憶にありません。

思い出しながら一気に書いたのですが、とにかくあの頃の会社の環境は悪かったですね。

(ブラック企業だったなとつくづく思います)

まず、上に立つ人が良くなかったんだと思います。

仕事内容、仕事量の両方とも過酷でした。

伝票計算、店舗に携わること(従業員のタイムカード管理や給料計算)、来客対応、電話対応などが主な仕事内容でした。

今ではパソコンやシステムで解決することが、すべて人の手でしていたので、辛かったんだと思います。

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